桜の花びらが積もった地面から柔らかい新芽が顔をのぞかせている。蓬を摘んで餅をつくったのは、もう何年前の春だろう。変な匂いだと言った私を笑う母の笑顔を思い出すから、春が嫌いだ。夏の海も嫌いだ。秋の夜も嫌いだ。雪を走る夜行列車の小さな窓も嫌いだ。嫌いなんだと、嫌いなあなたに伝えたいのに。
ある程度年を重ねると、自分のペースを測るようになる。初めは週単位。今週忙しかったから来週はスローで行こうって。でもそれが段々月単位、半年単位、年単位になる。マラソンランナーみたいに。でもそれって42.195キロを走るみたいに、終わりを見据えて走ってると気づくからなんだよ。
ふと顔をあげると向かいの座席に座る人びとは皆目を閉じ俯いていた。湿気がこもる車内は窓ガラスを白く煙らせている。手もとの文庫本に目を戻すが、やがて眠気が這い寄ってきた。今ここで寝たらたくさんの人の夢と混じりあったりしないだろうか。湿度が互いの匂いを運び合うように。
遠い国から来た人は、ここは暮らしやすいし、非合理的なところが気に入っていると言った。彼の故郷は碁盤の目のような町で、家々の前には番号がふってあるのだそうだ。「手紙の誤配はないけどジョウチョもないよね」苦笑しながら彼は、GOOGLEマップと格闘している。
久しぶりの休日に季節外れの雪が降って、あんまり寒いからタンスの奥から毛玉だらけのセーターを引っ張り出して、外に出たくないけどお腹がすいたからお弁当をスーパーに買いに行く、みたいな。そんなありあわせっていうか寄せ集めのどうしようもない一日ってあるじゃない。ぼくらの結婚てそんな感じ。